何年前から漂ってきたのだろう。

タイムマシンの中身は、とうに腐食したコーラの缶の隙間から蒸発してどこともなく消え去り。骸のように浜に打ち上げられていた。初夏を思わせる暖かさ、それでも黄色みを帯びた春の日差しは幾分ノスタルジック。

墓参りに田舎に行く。昔よく遊んだ霞ヶ浦の堤防下。ずいぶん砂を採られてしまって、湖の深さは遠浅だったが・・・今はとても子どもが水遊びをできるような感じがしない。砂浜もすっかり小さくなって、砂利ばかりが目立つようになってしまった。砂を採っている場所からそう遠くないところでは、砂浜の復元などととちぐはぐなことをしている。砂を採っているのだから復元などされるはずもないのだから。環境というものは、誰かのもですらないものなのだから、許可があるから取り放題に採らせるというのは、あまりに大きな間違いだ。責任を取らないのだから、許可は行政が勝手に判断すべきものではないよ。
ブラックバスを狙って釣り人こそ見かけるが、砂浜には子供遊ぶ姿が全くない。生活のスタイルも変わったし、子ども自体が少なくなっている過疎地域でもあるのだけれど・・・子どものいないこうした休日の砂浜の風景というのは、うら寂しい。今の私の目には、きっとセピア調のフィルターがかかってしまっているから、余計にそう思ったのだろうか。
昔見てきた風景も、ゆっくり変わっていくのも当たり前のことなんだけどね。


今日は、すばらしく天気がいい。バイクで一走りしてきた疲労感とともに、しばしまどろみたくなる。


もう20年あまり前に、置いて来てしまったつもりのものなのだけれど・・・
自分の思い出があった家に、全く知らない人の車が止まっているのを見るのは・・・判っていてもやはり少しだけ悲しいものだなぁ。

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