
普段こんな視線で生活する事もなく、赤ん坊の視線というよりは「虫の視線」というのがちょうどいい。虫の目から見れば近距離が重要で他は臭覚のほうが優位なのだろう。「虫の視線」はある意味、自分の将来というか未来に対する視界なのかもしれない。現在の瑣末な事があって・・・その先の目指していくものが不明確ながらボンヤリと、それでいて確と存在する。気がつけば何をしていたのかあっという間に四十代になってしまったわけだけれど、自分が何者であるかを主張したい。自分が自分であるために何をしているかといえば・・・実のところ何かをしようとあがいているつもりではないが、結果的にあがいている。単純に、ただただ、自分の欲しいものをつくり続けたいと思う。あるがまま思うままに生きることができたら、なんと幸せなことだろう。できるなら・・・あるがまま、ただそれだけでいいんだ。