
象牙をほんの少しいじっている。端材のとれる場所は様々。普通の象牙の場合もあれば、マンモスの牙の場合もある。マンモスの牙は、たぶんシベリア辺りの永久凍土の中に埋まっていものだろうか。まさか、「自分の牙が死んでから何万年もたって掘り出されて、日本とういう国で印鑑などにされていようとは思いもしなかっただろう。」などと思いつつ、ヤスリをかけている。
端材として出てくるのはほとんどが外側ということもあるが、個体差なのか保存状態のなのか判らないが、物によっては非常に臭うことがある。この匂いは、極端なことを言えば、干からびた死体の臭いではなかろうか。その匂いも外側を削ってきれいな滑らかな面ができていくに従って消えていく。磨き上げた象牙は適当に硬く柔らかく、手の中に馴染む感触がする。材料となる物が非常に限定されていた時代に、加工する素材として好まれたのがよく判る。元々生きていた物なのだから、人の手に馴染みやすいのも道理だろう。
象は死んでしまったが、象牙という材料に姿を変えて生活の中で役立てられて使われていく、これはこれで無駄にしない技術ではないだろう。人間は生きている限り、なにがしかの命を奪って生きているのだから。
だからといって、象牙だけのために象を殺して象牙は必要な物ではないとも思う。
話はずれるが、TVなどで密漁された象牙にガソリンをかけて燃やしてしまうシーンを見ることがある。これほどまで、殺されてしまった象が「悲しく」感じる場面はない。「悪い事をして採られたものだから、それ自体もも悪い」非常に西洋的な方法論だと感じてしまうのは、わたしだけだろうか?わたしは、殺された象の気持ちなど知らないし知ることもないが、「殺されてしまった理由まで奪ってしまうのはどうなのか」と、思うのだ。ひたすら意味の無い「死」にしてしまっているのではないかと・・・逆に「その象牙を流通さて、その収益を保護するための資金に充てる。」とすれば保護するための資金が足りないのを少しでも補えるし、結果的に他の象を守ることができる。この考え方は心理的抵抗があると思うし、叩かれることも承知だが、あの方法は、あまりにも無理やりな白か黒かの二言論的匂いを感じる。ほとんどの人間など、その間でしか生きられないのに無理があろうというものではないか?
極端な世界は、はじめから破綻する根を持っていると思うし、そんな中で人間など生きられないものだと思う。