
霞ヶ浦というと汚い湖の代名詞のようだが、30数年前は、まだ泳ぐこともかろうじてできた。遠浅の湖で場所によっては百メートルほど入っても、大人の腰ほどの場所もあった。誘い合わせて2・3人、それともひとりででもシジミ捕りにいったものだ。はじめのうちは、おっかなびっくり。濡れないようになどと思いながら水の中に入っていく・・・。それも初めだけで、姿勢を変えた拍子に尻を濡らしてしまうと、もうどうでも良くなって大胆に水の中に入っていく。濡れる心配など不要になってしまうと、妙に心地よく時間も忘れ、ひたすら足に当たるシジミの感触を探る。当時採れたシジミは、昨今スーパーで見かける小振りなアサリほどもあった。シジミ以外にはタンカイ(カラスガイ)と呼んでいたドブガイによく似た貝。洗うと暗緑色をした大型の貝だった。時には20数センチもあるものもあり、そんな日は意気揚々と帰ったものだ。今では、シジミもタンカイもほぼ絶滅のような状況。
なんとも悲しい。
ぼくが十代の頃には、もう当たり前に湖底の砂をあさっていく連中がいた。何の権利があって、私たちの湖の砂を取っていくのか。砂浜から続く遠浅だった湖は、今では小さな砂浜さえ姿を消し、数メートルも足を運べば「ドボンッ」とばかりに体が沈んでしまう。見知らぬ湖となり、今さらながらにぼう然と水面を見る。そこには、砂の運搬船を曳航するためのボートの姿が妙に凛としてあって、ぼくらはそんなものに依存して囲まれて安穏と暮らしていて・・・それがぼくには悔しくて悔しくて「ちくしょう。」と心の中でつぶやいた。