
店頭にバターが、ほとんどないことにお気付きだろうか?そう、バターは現在、市場規模に比べ流通量が非常に少なくなっている。全ては、生きものや天気を相手にしていることも判らず、書類の上の数字しか判らない役人が適当・・・否。不適当な数字をはじき出して乳牛を処分(平たくいえば、屠殺して食肉にしてしまった)させたからだ。確かに、生産過剰で牛乳が安くなってしまっていた状況は、生産者への負担は少なくなかったのかもしれないが・・・その調整すべき数字についての試算が杜撰だったのだろう。相手は生きもの、それも育てて一度出産をさせなければ、乳牛にはならない。かれらは生きもの、紙の上の数字ではないのだ。簡単に書き換えられるものではない。残念ながら、箱の中で数字だけをいじる人には、痛みが判らないし、その連鎖を想像することもできない。様々なものは、互いに関連していて単独の事象などというものはない。
店頭のマーガリンの値段を見て欲しい、買うのがばかばかしいぐらいの値段になっている。値段が上がっているのは、バターの代わりというだけではない。原材料のバイオ燃料ヘの転換の影響もある。
危機管理という言葉が使われだして随分立つが、まずは破綻させない・・・危機に至らせないコントロールが重要なのだ。
はたして、どれだけの損害を普通の人々は被ってきたのだろう。
何ともやり切れない気持ちがする。
そろそろ、「バカでいる」という甘えは棄てるべきだろう。これからの世界は、そんなゆとりなど存在しない。
様々な選択の結果の責任は私たちにある。
全ての負担は、末端の小さな自分たちの生活を脅かすのだ。