
ファスナーを使うにしても、○○○とか入っていては、できが良かったとしても「なんだか格好悪い・・・」重要なパーツほど余計なものは欲しくない。実用品として使う側の立場からしても、余計なマークなどついていて欲しくないと思う・・・。必要なのは、使いやすさやデザインや技術・・・トータルでの美しさであって、パーツのロゴなどではないはずだと思う。私自身がこれから先も生きたとして、たいした作品を作れるわけではないかもしれないが、それだからこそ自分が作るものに何がしかのマークなどつけるのは非常に抵抗がある。仕事としているイラストレーションにしてもそうなのだ。自分自身が作ったことは他でもない、自分がよく判っているし、イラストレーションとして使われるものにしても、モノのデザインにしてもそれ自体が私自身の刻印なのだと思う。はたして、それ以上のマークが必要なのだろうか。有名ブランドになればそのマークが付くことに価値がある。ところが、いつの間にやらマークにのみ価値を求めてしまう、本末転倒なことも起こってくる。ロゴが品質保証のマークであるし、本当に美しいものもあるし技術的にも素晴らしい。・・・しかしだ、日本という国はもともと、職人の技でもぱっと見えない所にその人の印があったりして判る人にだけ判ればよい。何というか、作り手からのちょっとした挑戦状であり楽しみというものがあったのではなかろうか。そうなれば、人に見る目を要求しもするし、「判らんヤツは分からんでもいい」というからには己自身の技量も要求されるというもの・・・当然、時によっては自分の未熟さを素直に認める潔さも必要であろう。そこに、こちら側も見る目を養う楽しみがあるのだろうと思う。マーケティン的には、何がしかのブランドとしての認知度を得るにはロゴがあったほうが判り易く、成立してしまえば楽だし儲かるとは思うのだが・・・
「あからさまにみせてしまうことは粋ではない。」そんなふうに感じる日本人もまだまだいて欲しいものだと思う。