
もう過ぎてしまった,あるいは今も存在している昔のはなし。
ほとんどのアルバムは古い家と共に燃えてしまったので,田舎の家から小さい頃の写真が2・3枚だけにしても出てくるとは思ってもいなかったので,うれしかった。
ボクの大好きな白いシートの赤い自転車。キコキコこいで移動できる全てがボクの世界だった。あの頃の,ボクの世界は小さくて・・・いま思えば簡単に壊れてしまうようなものだった。それでも,せいいっぱいいろんな人が守ってくれていた。ボクの好きだった人たち,ボクを大切に思ってくれた人たち。そう・・・ばあちゃんが3人いた。父方と母方の祖母。それに「浮島のばあちゃん」だ。3番目のばあちゃんは,ばあちゃんとは呼びながらボクには母親にちかい存在だった。一時期だが,家の事情から日中のほとんどの時間をばあちゃんのうちで過ごしたのだった。けっして豊かな家ではなかったと思う。なぜか記憶にはっきりとどまっているのが,川べりの脇にあったドラム缶の風呂にそこのじいちゃんと入ったことだ。ドラム缶に2人で入ることができたほどだから,ボクは本当に小さい時だったのだろう。じいちゃんの顔は今となっては忘れてしまったが,手ぬぐいで体を拭いてくれたばあちゃんの顔はいまだに覚えている。タンスの引き出しの中のものを,全部出してしまったり悪さもしたらしいが,ボクの記憶からは残念だが都合よく消えてしまった。ほんとうによくしてもらったし,ボクもよくなついていて・・・というか,なつき過ぎてしまって引きはがされるようにして毎日家に帰っていた。そのことが,後々まで後を引くことになるのだが,あの頃のボクにとっては宝物のような時間だった。
ありがたいことにボクには,ばあちゃんが3人,母ちゃんが2人いたのだ。と思っている。こんなことを書くのも,先日お袋にあってきて1時間ほど話をしてきた。ちゃんと言っておかなければならなかった事が,いえたからかもしれない。確かに伝わったらしいことがありがたい。ようやく肩の荷がおりた気がした。
それは親父には,結局言えずじまいになってしまった事でもあるのだが・・・
短い言葉なのに,時には言うことがなかなかできない言葉なんだ。